読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ビーストの日記

よく調べて、正しく決定するという事をみんなしないので、した人が圧勝するなぁとよく思うのです。 公衆衛生・疫学を勉強中ですが、まだまだ精進中です。

福島甲状腺がん罹患率50倍に関するレビュー(試論)

もう結構前ですが、2015年のepidemiology誌での福島甲状腺がんの発症率が多発しているという研究結果をきっかけに福島での甲状腺がん発がんの増加の有無が議論となっています。この前もある友人に、これってどうなの?増えてるの?と聞かれ、心境は「マジか…」となったことは内緒です。

福島・甲状腺検査 子のがん「多発」見解二分 過剰診断説VS被ばく影響説

個人的には果たして専門家の意見が2つに割れているかは疑問なのですが(僕の知る限り、甲状腺がん増えているという指摘をしている疫学者は津田先生しか出てきません)、様々な雑誌、記事、ブログなどで、岡山大学の津田先生が出された論文の批判的検討が行われています。

www.gepr.org

drmagician.exblog.jp

津田先生の論文によって何か新しい知見が加えられる事はないというのが疫学者、医師らの専門家の大筋の見解かと思います(うちの研究室の勉強会でも検討されていましたが、そもそも研究デザインとして問題が大きいという批評がなされていました)。

先日そのような質問を(割と真っ当な人に)真面目にされた事に危機感を感じたという事と、丁度2016年2月に津田先生によるレターに対する反論が出ており、これも含めて検討を行うことには多少は自分にとっても(勉強という文脈でも)意味があるのではないかと考え、試論ではありますが、ここで論考します。

 

①まず、甲状腺がん罹患率50倍はスクリーニングでは十分に考えられる値である事

これは何度も言われている事ですが、スクリーニングを行うと一般にその集団の罹患率は上がります。これは本当ならば無症状だった者、若しくは悪性腫瘍ではなかった者、自然に消退していた者を見つけているという事です。ここで、甲状腺がんのスクリーニング効果が大きいとされる根拠として良く引用されるデータは2014年のThe New England Journal of Medicine で報告された韓国のデータです。

Hyeong SA, et al. N Engl J Med 2014; 371:1765-1767. Korea's Thyroid-Cancer “Epidemic” — Screening and Overdiagnosis

f:id:ishiyoshi414:20160406124144j:plain

韓国は1999年から甲状腺がんのスクリーニング検査を開始しましたが、その後劇的に甲状腺がん罹患率(Thyroid-cancer incidence)は増えています。スクリーニングを開始してから、甲状腺がん罹患率は15倍にも増えている事が報告されています。ここで注目すべきはこの間、甲状腺がんによる死亡率は全く変わっていないことで、これは過剰診断を示唆しています。甲状腺がんの増加は進行の遅い乳頭がん(papillary thyroid)が増えている事が原因である事も見るべきポイントだと思います。

これに対して、この韓国での15倍の発生率増加と福島での50倍を比較して、福島はスクリーニング効果だけではないという主張も見かけるのですが、論文の中身を読めばそのような批判は当たらない事はすぐにわかります。韓国のスクリーニングでは、およそスクリーニング受診率10%上昇に対して、10万人当たり40人の甲状腺がんの上昇に繋がっています。津田先生の論文で解析されている福島の一巡目の検診の受診率は80%を超えていますから、それだけで10万人当たり320人の増加を説明する事になり、これは韓国でのスクリーニング前の罹患率との比較では60倍以上になります。ちなみに、今回の論文中での主張は放射線被曝により、通常は100万人当たり3人の甲状腺がん発症が20倍から50倍になったというものですから、これはスクリーニング効果で説明できる範囲内と言えるでしょう。

この後、韓国は悉皆調査を取りやめたそうで、結果甲状腺がん罹患率が低下している事も報告されています。

South Korea’s Thyroid-Cancer “Epidemic” — Turning the Tide N Engl J Med 2015; 373:2389-2390

彼はレターの中で、スクリーニング効果に対して、上記のような疑問には直接答えずに、少なくとも発見されたがんは福島県立医大に送られ、悪性と判断され、手術が行われたものがいるという主張を行っています。(主張の中で、以下の文献をそのまま引用しています:https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/129308.pdf

しかし、上記文献も殆ど全てが病理上、予後の良い乳頭がんであるし(しかもステージ分類上は最も安全なT1以下である)、手術前には判明しないが、手術後の病理で発見されるリンパ節転移は、予後に影響しないことは本文中で指摘されている通りで、このデータから、福島の甲状腺がんが、原発事故前にも発生していたが、見つかっていなかった甲状腺がんと異なっていると言うのは難しいでしょう(果たして津田先生はこの文章を正しく読んでレターに引用したのか激しく疑問を覚えました。また彼の主張する発生率の増加の大部分がスクリーニングによるものであるという指摘にはレターで応答しておらず、この点は不誠実でしょう)。

 

②コントロール群の設定に問題がある

これは①の話の原因とも言えますが、津田先生の論文では、甲状腺がんの発症増加を論ずる為に、比較している対象が全然違うグループだという事です。今回津田先生が、福島と比較する為の対象にしているのは国立がんセンター罹患率です。しかし、これは自覚症状がある患者です。つまり、甲状腺がんの症状がある患者、熱があるとか、なんか喉に触れるものがあるとか、飲み込む時につかえる、という患者が自分で病院に来て、その患者のデータを集めてきた結果で、それを自覚症状のないスクリーニングと比較して、「何倍になった」というのは比較になりません。日本の文献ですが、自覚症状のある甲状腺がんの腫瘍径は、そうでないスクリーニングで発見された腫瘍径よりも1cm以上異なるようです(坂東ら 日本耳鼻咽喉科学会会報 117巻7号 Page914-921(2014.07))。発見されたがんの多くは質的にも自然発症のがんと異なる可能性が高そうです。

 

③潜伏期間の設定の問題

この論文では潜伏期間が4年と設定されており、それを根拠に、発見したがんは原発事故によるものだという報告をしています。しかし、4年では期間が短すぎる為、今回発見されたがんは福島の事故とは無関係と考える人も多いでしょう。上述したように甲状腺がんは進行の遅いがんだという事が知られており、多くの人が甲状腺がんを持っている事が剖検例からも報告されています。古い研究ですが、フィンランドの100例以上の剖検からは35.6%の患者から組織的に甲状腺がんが発見されたという報告もあります(Harach HR,et,al. A systematic autopsy study. Cancer 56(3):531-538, 1985.)。

ここから言えるのは甲状腺がんは基本的には緩徐に進行するものだと言う事です。一研究例ではありますが、日本で微小甲状腺乳頭がん1235例に対して75ヵ月の観察を行い、進行を見た研究でも、3mm以上の腫瘍の増大は10年で8%というスピードであり(宮内ら 日本甲状腺学会雑誌 (2185-3126)6巻1号 Page25-29(2015.04))潜伏期間を4年と置く事ができる根拠も弱く、津田先生は、今回発見されたがんが、事故以前のものではないという事を証明する事に失敗しています。

 

チェルノブイリとの比較の強引さ

これらの主張を承けて、津田先生のレターでの反論はチェルノブイリと比較をしても、甲状腺がんの発症率の高さは十分であるというものです。しかし、チェルノブイリは20年前の事故で、その時の甲状腺がんの検査(後述するが悉皆検査ではない)と今のスクリーニングを比較して、議論しようというのには無理があります。近年、世界的にも甲状腺がんが増加しており、特に1cm未満の小さな径のがんが顕著に増加している事が指摘されています(Davies L, Welch HG:Increasing incidence of thyroid cancer in the United States, 1973-2002. JAMA 295(18):2164-2167, 2006)。これは近年の超音波の性能が上昇している事、これによる過剰診断が増えている事が指摘されています(Davies L, Welch HG:Current thyroid cancer trends in the United States. JAMA Otolaryngol Head Neck Surg 140(4):317-322, 2014)。果たしてこのような状況の中で、チェルノブイリの時代の結果と、現代の日本の悉皆調査を比較できるかと言えば疑問でしょう。日本におけるスクリーニング検査では微小なものがかなり発見されている可能性が高いです。実際、今回の判定でも結節は5.1mm以上が二次検査に回されているようで、このサイズが果たして80年代から90年代に発見されたものと同一の程度のものかはかなり疑問が残ります。

fukushima-mimamori.jp

また、彼は自らチェルノブイリでは被爆時7歳以下(3年後の調査で10歳以下)の子供に発症が特に多かったことを反論のレター内で引用をしています。しかし、上記の福島の検査データでは、原発事故当時7歳以下だった子供(11歳以下)に関しては殆ど細胞診で悪性疑いが出ていません。これもチェルノブイリと福島をアナロジーで見れない理由の一つです。そもそも被曝量が福島より多いチェルノブイリでの増加は4年間で10倍程度(しかも、チェルノブイリは悉皆調査ではなく、自覚症状のある者の受診による発見であるから②の理由でも比較が不可能です。)で、それと比較しても明らかに多い福島の事例を放射線被爆が原因だと断定する事はできません。

 

以上のように、「反論しようと考えれば、幾らでも穴がある」というのが当該論文の現状で、余り疫学者・公衆衛生学者は相手にしていないのが現状ではないかと思います(上記に挙げた議論以外にも量反応関係やモデルの問題等、指摘できる点は沢山あります)。やはり上司も話題にしていましたが、なんでこんな穴だらけの論文がepidemiology誌に通ってしまったかは、かなり疑問で、投稿後すぐさまレターが世界から7通も来るというのは正直異様です。査読は何してたんでしょう…

また、そもそもの議論として、あの福島の悉皆調査は、設計者はこの結果を予想していなかったのかが、疑問で、悉皆検査を行うべきかどうかは、もっと議論されても良いと思いました。リスクコミュニケーション的にもまずいやり方だったと思います。実際チェルノブイリ甲状腺がんの評価に、スクリーニングによる悉皆調査をしている訳ではなく、cohortによる集団評価で発症者の調査を行っています。②で述べたようにコントロールとの比較可能性でも、スクリーニングではなく自覚症状有りな者と比較をすべきで、このような悉皆検査を行う事で、今後発症者を追いかけようにも、全例スクリーニングによるバイアスが入ってしまい、他地域との比較が不可能になってしまいます。チェルノブイリで有名なのは、Ron E, et.al. Radiat Res. 1995 Mar;141(3):259-77. Thyroid cancer after exposure to external radiation: a pooled analysis of seven studies. でしょうか、こちらはcohortを複数集めたプールドアナリシスです。福島と違って線量の評価もされているので、量反応関係も評価に入れられています。5年も経ってしまうとかなり住民の移動が進んでしまい、個人の線量の評価も福島は現時点ではほぼ不可能です。調査の設計…orz

 

という訳でかなり問題アリな論文で、現時点では甲状腺がんの動向に関してはなんとも言えないはずなのですが、ネット上で調べると、良くわからない商法?にハマっている人が沢山出てきて大変な分野だなと思います。ネットの普及によってアブナイ人達が可視化された感じなのでしょうか。ここに学生レベルではありますが、簡単な検討を紹介する事として、本稿を終わりたいと思います(勿論、建設的な議論や疑問・質問は歓迎したいです)。

 

ビーストイック ビーハッピー