ビーストの日記

よく調べて、正しく決定するという事をみんなしないので、した人が圧勝するなぁとよく思うのです。 公衆衛生・疫学を勉強中ですが、まだまだ精進中です。

インフルエンザ予防に関する簡単な考察

気候も秋めいて、風邪・インフルエンザ・肺炎の季節となってきました。

今回とある人に「インフルエンザの予防に、うがいって効果があるんですか?手洗いはなんとなく効果があるような気がしますが、うがいってどうなのでしょうか?」という事を聞かれ、自分もはっきりしたことをすぐ言えなかった為、簡単にリサーチをしました。

まずそもそも、インフルエンザや感冒の予防に手洗いやマスクは効果があるのでしょうか?効果がないと言っている人を多く見かける気がしますが(中高の先生や同級生でもそんな話をしている人が一杯いた気がします)、実際はちゃんとエビデンスがあります。
イタリア・Cochrane Collaboration急性呼吸器感染症研究グループのJeffersonらの2009年のシステマティックレビュー(文献1)では、自宅でのインフルエンザ感染者に対する感染防御策を検証しました。手洗い、マスク着用、外出規制・自粛の要請などの低コスト予防策に効果が認められ、特に(1日10回以上の)手洗いとマスク着用のオッズ比はそれぞれ0.45(95%CI1:0.36-0.57)、0.32(95%CI:0.25-0.40)という結果で、これは十分な結果と言えるものかと思います。一部、マスクの装着に関しては幾つかのランダム化比較試験で、否定的な結果も出ています(文献2,3)が、文献3ではマスク装着の遵守率の悪さが結果に影響した可能性も指摘されており、装着をきちんと行えばpreventiveな結果が出た可能性が高いようです。マスクのランダム化比較試験はこのレビュー内では2報のみとなっています。

マスクよりも、手洗いに関してはもう少し良いエビデンスがありそうです。先のシステマティックレビュー内でも手洗いに関しては12報のランダム化比較試験があります。その一報を紹介すると、パキスタンのカラチ地区というスラムにて2002年4月〜2003年4月に渡って、15歳以下の小児に対して手洗い指導と衛生指導を行った効果を評価した研究があります。この研究では地区ごとに介入をランダムに割り付け、抗菌剤添加石鹸、通常石鹸、介入なしに割り付け、対照群1528人、抗菌石鹸群1523人、通常石鹸群1640人でした。アウトカムは小児呼吸器感染症、皮膚病、下痢でしたが、呼吸器感染症に関しては、週間発生数は対照群100人当たり4.40に対して、通常石鹸群は100人当たり2.20と約半数の減少を確認できています(文献4)。また、抗菌石鹸と通常石鹸には有意差はありませんでした。

更に興味深いのはマスクの感染予防効果は手指衛生による影響も受けると考えられるという事です。先ほどのJeffersonらの報告内(文献1)では、香港のマスク着用による家庭でのインフルエンザ予防のランダム化比較試験(文献2)に触れられており、こちらはマスクの着用の割付では、家庭でのインフルエンザの二次感染(家族からの感染)に有意差は出ていないのですが、発症から36時間以内でマスクに加えて手指衛生を行った群ではインフルエンザ感染は有意に減少しています(オッズ比:0.33 95%CI:0.13-0.87)。これはマスクを触った手が鼻や口に触れる事で感染が成立するような機序も考えられるでしょう。

実は、このような結果はWHOのインフルエンザ(H1N1)予防ガイドラインにも反映されており(文献5)、WHOではマスクの使用は一応は推奨されていますが、一方で使用後の廃棄や装着したマスクに触らないこと等が重視されており、手洗いの方が推奨度が高くなっています。

なので、マスクは無理には必要ないが必要を感じれば注意深く実施、手洗いはエビデンスが蓄積しており、推奨度が高いというのが現況と思います。

 

一方、本題のうがいに関しては、文献報告は多くはありませんが、幾つか日本を中心とした報告でお茶や水でのうがいがインフルエンザ予防の結果が出ているようです(文献6,7)。ちなみに、イソジンでのうがいは効果なしと言われています(文献7)(一説には有害とも言われているようです)。多くの文献では回数としては1日3回程度かそれ以上です。
その後も緑茶によるうがいの研究のメタアナリシスも組まれており、リスク比が0.70倍との結果も出ています(文献8)。
うがいに関して、海外の報告は余り多くありませんが、渉猟の限りでは、否定的な結果は出てはいないようです。症状緩和ではありますが、アメリカではうがいにはちみつを使用する事に肯定的な評価もあります(文献9)。

ただ、多くの論文でも述べられているのは、マスク、手洗い、うがいの介入はコンプライアンス遵守(みな実行しない)が難しく、そこが結果を小さくしている面もあり、個々人がきちんと予防策を取れば罹患のリスクは更に小さくなる事が考えられます。

 

という事で回答としては、うがいは、マスクや手洗いに比べて、ややエビデンスが足りず、効果量も小さいものの、「効果がゼロ」とまでは言い切れない、という所なのかと思います。そして、もっとも推奨されるべき施策の一つは手洗いではないかと思います。


【参考文献】
1) BMJ. 2009 Sep 21;339:b3675. 
Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses: systematic review.
Jefferson T, Del Mar C, Dooley L, Ferroni E, Al-Ansary LA, Bawazeer GA, van Driel ML, Foxlee R, Rivetti A.

2) PLoS One. 2008 May 7;3(5):e2101. 
Preliminary findings of a randomized trial of non-pharmaceutical interventions to prevent influenza transmission in households.
Cowling BJ, Fung RO, Cheng CK, Fang VJ, Chan KH, Seto WH, Yung R, Chiu B, Lee P, Uyeki TM, Houck PM, Peiris JS, Leung GM.

3) Emerg Infect Dis. 2009 Feb;15(2):233-41.
Face mask use and control of respiratory virus transmission in households.
MacIntyre CR, Cauchemez S, Dwyer DE, Seale H, Cheung P, Browne G, Fasher M, Wood J, Gao Z, Booy R, Ferguson N.

4) Lancet. 2005 Jul 16-22;366(9481):225-33.
Effect of handwashing on child health: a randomised controlled trial.
Luby SP, Agboatwalla M, Feikin DR, Painter J, Billhimer W, Altaf A, Hoekstra RM.

5) Advice on the use of masks in the community setting in Influenza A(H1N1) outbreaks.
Interim guidance.

WHO | Advice on the use of masks in the community setting in Influenza A(H1N1) outbreaks

国立感染症研究所による和訳版あり 市中でのマスクの使用

6) J Altern Complement Med. 2006;12(7):669-72. Epub 2006/09/15.
Gargling with tea catechin extracts for the prevention of influenza infection in elderly nursing home residents: a prospective clinical study. Yamada H, Takuma N, Daimon T, Hara Y. 
7) Am J Prev Med. 2005;29(4):302-7. Epub 2005/10/26. Prevention of upper respiratory tract infections by gargling: a randomized trial. Satomura K, Kitamura T, Kawamura T, Shimbo T, Watanabe M, Kamei M, et al. 
8)BMC Public Health. 2016 May 12;16:396.
Effect of gargling with tea and ingredients of tea on the prevention of influenza infection: a meta-analysis.
Kazuki Ide, Hiroshi YamadaEmail author and Yohei Kawasaki
9) Urol Nurs. 2009 Nov-Dec;29(6):455-8.
Conventional and alternative medical advice for cold and flu prevention: what should be recommended and what should be avoided?
Moyad MA.