ビーストの日記

よく調べて、正しく決定するという事をみんなしないので、した人が圧勝するなぁとよく思うのです。 公衆衛生・疫学を勉強中ですが、まだまだ精進中です。

スクリーニングの意味:なぜ入院患者には多くの検査が行われるのか

診断検査、皆さん色々受けられると思います。血糖値の検査、血圧測定、CT・MRI検査、レントゲン、心電図などなど。実は聴診や触診などの身体所見も診断検査と言える要素はあります。そのような検査はその中でも診断のためのスクリーニング検査がどのように行われているかを考えてみます。

 

検査法の妥当性は罹患の有無を判断する能力で判断されます。その指標として感度(sensitivity)・特異度(specificy)という指標があります。感度とは罹患している人を「疾患あり」と正しく識別する能力、特異度とは罹患していない人を「疾患なし」と正しく判別する能力として定義されます。そして良く考えていただければわかりますが、それらはトレードオフの関係にあり、感度をあげようと考えれば、特異度は落ち、特異度を上げれば感度は落ちます(極端な事例を考えていただければわかりやすいかもしれません。全ての人を疾患ありに分類すれば感度は100%になりますが、一方で特異度は0%になります。陽性判定出す度に、疾患がない人も、陽性判定されます。)。生検のように感度・特異度共に高く、ほぼ全ての事例正しく分類できる検査方法も存在しますが、そのような正確無比な検査は多くありません。また多くはお金がかかったり、侵襲性が高いために、より簡便な検査がスクリーニングの段階では用いられます。

感度特異度の関係は以下のような表で表されます。

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上記表では、感度は80/100で、80%。特異度は800/900で、89%となります。また、実際は疾患がないのに、誤って陽性と判断してしまうことを偽陽性、疾患があるのに、誤って陰性と判断してしまうことを偽陰性と言います。実際に陽性と判定されても、疾患頻度がある程度低いと、本当に疾患がある確率が低くなってしまうという話は授業でも良く触れられる内容だと思います(今回で言えば、疾患ありと判断されて、本当に疾患のある確率:陽性的中率は80/180で、44%しかありません)。

ここで注目してもらいたいのは、疾患の頻度に応じて、偽陽性偽陰性がどのように変化するのかという所です。検査の感度特異度が変わらなくとも、疾患頻度が上がれば(表中の下段の100対900が500対500などに変われば)、偽陰性の頻度は増えますし、逆に疾患頻度が下がれば(表中の下段の100対900が1対999などに変われば)、偽陽性の頻度は高くなります。

 

これが検査の方法にどのような影響を与えているのかを考えてみます。

検診や外来で行われる検査方法に二段階検査というものがあります。血液検査や簡単な聴診などを行って、異常値のある人だけをもう一度外来フォローアップとし、さらに検査を加え、二回の検査共に異常値だった人は入院などを通じて精密検査に回されます。二段階の検査を行い、両方の検査で陽性だったもの精密検査に回すというやり方です。この検査方法では(細かい計算は省きますが)、感度は落ちますが、特異度は上がります。段階を2回3回と増やしても同じですが、陰性者が出るたびに検査ラインから外しているので、正しく疾患がない人を検査ラインから除外する事は可能ですが、疾患がある人を見逃す可能性は高くなるためです。

 

一方で、入院患者に行われる検査の手法は同時検査というものです。同時検査とは同じ患者に一気に様々な検査を行い、どこかしら異常値が見つかったら、異常ありと判断し、更に精密検査などを追加するというやり方です。この検査方法では特異度は落ちますが、感度は上がります。何かしら異常値を見つけたら検査に回すことになるので、疾患がある人を見逃す可能性は低いですが、異常のない人を異常ありと判断してしまう可能性も高まります。

 

これらの検査方法には長所短所があることがわかったと思いますが、実はこれらの場面に合わせた検査方法の選択は疫学的アプローチとしても非常に合理的であることがわかります。なぜならば、外来患者や検診受信者と入院患者では疾患頻度が大きく異なるからです。一般に入院患者は原疾患が重症であるために、原疾患以外にも様々な合併症を持ち合わせている事が多く、入院をきっかけに、重篤な合併症が見つかる事例も少なくありません(例えば、糖尿病が原因で教育入院したが、検査を通じて腎障害や冠動脈疾患が見つかるなどの事例がそれに当たるでしょう)。そのため、疾患頻度の高い入院患者では検査で誤って陽性と判断するよりも、誤って陰性と判断してしまう可能性が高くなります。先ほどの表の下段の疾患の有無の実数が500対500になったと想定してみてください。同じ検査を行っても偽陰性の割合が高くなってしまうため、入院患者では疾患を見逃すデメリットが大きく、感度を上げる為に同時検査を行うのです。

逆に外来や検診では健康な人や活動性の高い疾患のない人が多数派で、誤って陽性と判断する事は彼らに多くの金銭的・時間的負担を強いてしまうことになります。先ほどの表の下段の疾患の有無が1対999になったと想定してみます。同じ検査でも今度は偽陽性の割合が高くなる事になります。今度は特異度を上げる検査戦略が合理的になります。

 

実は医療者の立場に立って考えてみても、この検査方法は合理的です。入院患者では、患者さんの容体に責任を持ち、時間を割いて接している分、見逃しは医師にとって重大な問題です。訴訟にも繋がりかねません。彼らにとって一つの事例を見逃す事の質は(感度を落とする事は)、一つの事例を誤って陽性に入れてしまう事の質(特異度を落とす事)より大きいと考えられます。

一方で、外来や検診では、限られた時間の中で一人の患者に多くの時間をかけるよりも、より多くの(多くは大きな疾患のない)患者を見て、診断を(注:勿論、見逃しは許されません。が、入院患者と比べ相対的に)大まかに下す事が必要になります。長い列が外来室の外で作られている事でしょう。一人の患者の為に多くの患者を見ない事は、残りの患者の見逃しに繋がりますし、その医師の評価を下げるかもしれません。

 

このように考えると、実は何気ない検査方法は実は非常に合理的に設計されたものなんだと思えます。

 

参考図書:疫学 -医学的研究と実践のサイエンス- / Leon Gordis

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