ビーストの日記

よく調べて、正しく決定するという事をみんなしないので、した人が圧勝するなぁとよく思うのです。 公衆衛生・疫学を勉強中ですが、まだまだ精進中です。

「飲酒が健康に良い!」は本当か?

(追記:下記は試論です。もっともっと論文のレビューが重ねられるべきではありますが、自分の研鑽が足りず、全然レビューできていません。ただ、一般に下記のような「Jカーブ効果に関する懸念」が出ている事は事実だと思います)

 

「飲酒が健康に良い!」は本当なのでしょうか。

その根拠となるデータは、一般に飲酒のJカーブ効果と呼ばれています。

公衆衛生上、適度な飲酒は心疾患リスクなどを下げ、死亡率の低下に寄与すると言われています。例えばこんなグラフで表現されたりします。この形がJっぽい形していますよね?そのため、Jカーブ効果と呼ばれます。

だいたい1日平均アルコール摂取量20g以下(ビール中ビン一本くらいです)は適量と考えられていて、それ以下は死亡リスクをむしろ下げると考えられています。

f:id:ishiyoshi414:20151222110906j:plain

飲酒とJカーブ | e-ヘルスネット 情報提供厚生労働省のサイトです)

 

日本の勤務者(40歳〜59歳、男性)を調べた研究でも、1日2合の飲酒者では冠動脈疾患発症リスクが非飲酒者に比べ60%低かったという報告もあります※1。米国の医療従事者38,000人の健常男性を調べた研究でも、1週間に3日〜4日以上の飲酒者では、飲酒日数が週1日未満の人に比べ、心筋梗塞発症リスクが30%低かったという結果が出ています※2。このような研究結果から、上記Jカーブ効果は(今まで)世界的に支持されていた考え方です。医学部の先輩や同級生に飲酒の危険性を伝える際に反論として用いられるのは必ずと言っていいほどJカーブ効果です(そもそもJカーブ以前に、一回飲酒量が多い事がリスクになるという話があるのですが、それはまた後日…)。

※1 Alcohol Intake and Premature Coronary Heart Disease in Urban Japanese Men

※2 以下

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

ここでbiologyの方なら絶対疑問に思うのは(自分はmolecular biologyが専門ではないので、その事に関して書くのは恐縮なのですが)、その分子生物学的機序でしょう。ただ、少なくとも現在飲酒が心血管リスクを下げる事に関する明確な分子学的な機序は判明していないのです。実際、大学の疫学上の心血管イベントをご専門の一つにしている先生に聞いた所、「明確な機序はなく、飲酒によるストレスの減少などが血管拡張に作用しているという位しか考えにくい」との答えでした。

一応バイオマーカーの探索も、過去に大規模に行われていて、そこで提案されている分子はHDL-C(いわゆる「善玉コレステロール」というやつです。高分子リポたんぱくですね。これは組織から肝への脂肪の輸送を行うコレステロールなので、体内で脂肪代謝が促進されていることの指標になります)ですが、これはこれで、様々な形で影響を受ける分子で、普段の生活スタイルで容易に変動しうるものです。

参考文献:Effect of alcohol consumption on biological markers associated with risk of coronary heart disease: systematic review and meta-analysis of interventional studies | The BMJ

 

飲酒は一般に所得が大きい層は飲む量が多く、WHOの国別の統計でも示されていますし、日本国内の統計でも高所得者の間で、飲酒者の割合は多いです(これは一般に、所得が増えると、人付き合いが増えるためと言われています)。

しかし、所得が多い事は寿命を延ばします。一般に所得が高い人は、野菜摂取量が多い事だったり、運動量が多かったり、健康リテラシーが高かったりするためです。また、高所得者で多いと考えられる人付き合いの量自体も、社会の活動性を高める事を通じて様々な形で疾患リスクを下げる事が提唱されています。石川善樹さんが TEDでプレゼンして有名になりましたね(元論は下です)。

logmi.jp

www.ncbi.nlm.nih.gov

 

で、そのように他のデータも組み合わせて考えていくと、飲酒のJカーブ効果は怪しいと考えるのが当然のように思えてきます。特に「禁酒者」と呼ばれるような全くお酒を飲まない人にはお酒を飲むだけの生活の余裕がなく、生活習慣が悪い人が多く含まれていると思いますし、飲酒量が適量な人(20g未満)は高所得の人の中できちんと節制ができている(≒健康リテラシーが高い)人を抽出してしまっている可能性がある。また、飲酒をするような人付き合いの広い層は、そもそも疾患リスクが低い。Jカーブ効果の研究では大抵、交絡因子の調整を行っていますが(教育歴や運動量など)、調整しきれていない要因がある事は否定できません。しかも、これらの研究の最大の問題は飲酒量の評価が質問紙ベースであるために、細かいレベルでは飲酒量を測定できないことです。そのため、量反応的に飲酒量と疾患イベントとの関係を見ることができないのです。結果、前述の交絡の懸念がますますつきまといます。

そもそも飲酒は全体としては疾患リスクの上昇に寄与していると言われており、先行研究では全疾患の4~10%程度の説明要因と考えられています。分子学的な機序もわからず、疫学上も解析上の問題が絶えない中で、

「実は飲酒は疾患リスクを下げることはないのではないか?(健康に良いという事はないのでは?)」

という疑問がくすぶっていた中で以下の論文が出てきて物議をかもしているようです(やっと本題の紹介したい論文に入れましたw)。

 

中等量以下の飲酒者でも摂取は心血管健康に有益(アルコールと心血管疾患の関連:参加者個別データに基づくメンデル無作為化解析)

Association between alcohol and cardiovascular disease: Mendelian randomisation analysis based on individual participant data | The BMJ

 

この研究の画期的な所はADH1Brs1229984のAアレルの所有者(以下Aアレル保有者とします)は、アルコール摂取量が少ないことが知られており、これをマーカーとして飲酒量を測った所です。つまり、体質的にアルコールが飲みにくい人を対象に研究デザインが設定されています。つまり、社会的活動性などの交絡を考える必要がなくなります。

(余談ですが、この前統計解析を専門にしている友人とも話したのですが、デザインやデータの取り方で研究は8割ほどクオリティが決まってしまっていて、分析の仕方が世の中フィーチャーされることも多いですが、分析のやり方って本当に成果の中で些細な部分なんだと思います。)

研究対象者は欧州系人種261,911人で、飲酒量は全体としては欧州平均に近い集団をサンプリングしているようです。手法は56件の疫学研究を対象としたメンデル無作為化解析です。アウトカムは冠動脈疾患と脳卒中のオッズ比としています。

結果はAアレル保有者では週あたりのアルコール摂取量がAアレル非保有者に比べ17.2%少なく、禁酒率が1.2倍程度高いことが研究からわかりました。アウトカムもAアレル保有者では冠動脈疾患のオッズ比は0.90と低く、虚血性脳卒中のオッズ0.83と、低かったようです。この結果からアルコール摂取量が(欧州平均に近い)中等量〜少量にかけてであっても、節酒をした方が健康に有益であると考えられます。今までの研究結果と真逆の結果は質問紙ベースでの飲酒量評価に疑問を投げかけているようです。

(今年出たBMJへのレター)

Mendelian randomisation meta-analysis sheds doubt on protective associations between ‘moderate’ alcohol consumption and coronary heart disease -- Chikritzhs et al. 20 (1): 38 -- Evidence-Based Medicine

ただ、この研究の限界として、そもそもAアレルを持っている人が別の分子学的機序によって心血管リスクを下げている可能性もあり、そこら辺は検討課題とされています(ただ可能性は低いでしょう)。

 

少なくとも飲酒が健康に良いのか悪いのかは「むしろ悪い」というエビデンスがこれ以外にも最近注目を集めるようになってきており、酒税の増額を含めた規制強化が欧州では行われています。

日本の医療システムは「欧米の良いとこ取りを後からする」という形で進んでいます。そのため、飲酒の健康への影響が可視化されれば、飲酒量規制の波が日本に来る事もあるかもしれません。

「健康に良いから」という理由で飲酒を続けたり、強要するのは実はよくよく調べると根拠が薄い発言である可能性もあるのです。

(という煽り文を置いておいて今日は終わろうと思います。医学部生には飲酒量・飲酒習慣態度が悪い人が比較的多い為に、恨みを持って書いた文章では決してありません。決して。)

 

反論やアドバイスなどは受け付けます(正直、論文をもっともっとレビューすべきです)。良い議論をしましょう。

ビーストイック ビーハッピー